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第9話 逃げられない運命①

Auteur: 花柳響
last update Dernière mise à jour: 2025-12-24 10:00:38

 逃げるようにして天道邸を後にした足取りは、ひどくおぼつかない。

 夕闇が迫る高級住宅街の静寂が、かえって耳の奥で鳴り止まない心臓の鼓動を増幅させていた。唇にはいまだ、あの甘ったるい苺の香りと、征也の熱い体温がこびりついて離れない。

「……っ、ふ……っ」

 不意に込み上げてきた涙を、エプロンの袖で乱暴に拭った。

 最低だ。あんな屈辱的なことをされ、力でねじ伏せられたというのに、身体はまだ指先の触れた場所を熱く疼かせている。四年前、あれほど残酷に突き放されたはずなのに。無機質な番号ではなく「莉子」と名を呼ばれた瞬間に、愚かな心は歓喜に震えてしまった。

***

 アパートへ続くいつもの坂道が、今日だけは異様に長く感じられた。

 母に、どんな顔をして会えばいいのだろう。

 病状も、切羽詰まった金策のことも。すべてを調べ上げられていたという事実に、背筋が凍るような心地がした。偶然、再会したわけではないのだ。最初から、逃げ場のない檻に追い詰めるために、あの大邸宅の門は開かれていたのだ。

 狭い玄関を潜り、古びた扉を閉めると、ようやく肺に酸素が戻ってきた気がした。

 けれど、安らぎは一瞬で打ち砕かれる。

 郵便受けの中に、一通の厚い封筒が突き刺さっていた。

 差出人は、派遣会社の『株式会社サクラ・サービス』。

 表面には、朱筆で「親展・至急」の文字が躍っている。

 震える指で封を切り、中の書類を取り出した。

 そこにあったのは、以前電話で聞かされていた「専属契約」に関する正式な合意書だった。

 事務的な文字が整然と並ぶその紙が、自分を縛り上げる鎖のように見えて仕方がなかった。

 本来なら、派遣スタッフがクライアントと直接、このような個別契約を交わすことは異例だ。けれど、そこには「天道グループからの多額の寄付に基づく特別措置」という、権力を背景にした逃げ道のない文言が添えられていた。

「時給、十倍……?」

 記された金額に、息が止まる。

 それは、これまでの必死な労働をあざ笑うかのような
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